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ホスピス基礎講座 ①
医の原点・ホスピスを理解するために
福徳 雅章(函館おしま病院 理事長・院長)
「もてなしの場」であったホスピスの歴史
●福徳先生は昨年の10月から「道南・生と死を考える会」の勉強会で、ホスピスについて講師を勤めています。勉強会の内容はホスピスの歴史と現状やホスピスの理念、末期患者の心理プロセス、末期患者とのコミュニケーションなどでしたが、勉強会に参加した一人として、簡潔でわかりやすい解説とまた実際にホスピス病棟で勤務した経験談がとても興味深いものでした。先生の経歴を簡単にご紹介しますと、昭和61年に金沢医科大学を卒業、卒業後は大学の内科助手、大学血液センター副部長を経て平成10年から三年間、福岡県の栄光病院のホスピス病棟で勤務経験を持っています。
日本で最初のホスピスケアは昭和48年にスタートしました。それから約30年が経過し、「ホスピス」という言葉は新聞やテレビなどでもよく扱われるようになり、言葉自体の認知度はとても高くなっています。しかし、何故、ホスピスが生まれたのか、ホスピスケアの実際はどうなっているのか、患者さんはどのように終末を迎えているのかなど、わからないことは数多くありますが、まずホスピス誕生の経緯についてお聞きしたいと思います。
福徳「ホスピスの歴史は長く、古くはおよそ2000年前、当時のローマ帝国の時代から、やがて中世ヨーロッパにおいて、“疲れた旅人や巡礼者、孤児、病人、貧困者などに安らぎと必要な援助を施すための場”、として存在していたと言われます。ホスピス(hospice)の語源はラテン語のhospesに由来し、“温かくもてなす”という意味を持ちますが、まさにもてなしの場であったわけです。
今で言う近代ホスピスは一九六七年、シシリー・ソンダース博士によりイギリス(ロンドン)に創立された、聖クリストファーホスピスが第一号です。シシリー・ソンダース博士は、元々看護婦でしたが、その後、ソーシャルワーカーとなり、末期癌患者との出会いを通して医学を志し、三九歳の時に医師の資格を得ました。その後、末期患者における痛みの治療の研究に取り組み、同ホスピスを設立したわけです。彼女の精力的な活動により、ホスピス運動の機運が一気に高まり、世界各国に普及していきました。その背景には、治療と延命を追い求める現代医療に対する反省があり、死というものはどうしても避けられないということを見据えたうえで死に逝く人の援助をしていくホスピスは一種の医療革命であり、社会への問題提起だったのではないでしょうか」
日本におけるホスピスの現状
●日本にホスピスの現状はどのようになっていますか。
福徳「日本では、昭和48年に淀川キリスト教病院(大阪)において、柏木哲夫先生の元にODCPというチームが発足し、末期患者へのチーム医療が行われ、これがホスピスの第一歩と言われております。その後、施設ホスピスの第一号として、聖隷三方原病院ホスピス(浜松市)が昭和五六年にスタートしました。奇しくも二年後の昭和58年には癌が初めて死因の第一位となり、時代もホスピスを必要としたと言えます。平成二年、厚生省は“緩和ケア病棟入院料”という診療報酬項目を新設し、一定の施設基準を満たした施設に対して、定額の収入が保証されるようになりました。
その後、日本においてもホスピスに取り組む医療者、施設が年々増加し、昨年12月1日現在、厚労省の認可を受けたホスピス施設は92施設、1735床となりました。年間、約30万人の人が癌で亡くなられていますが、そのうちホスピス施設や在宅ホスピスを利用した方は約2.5%と言われています。まだまだ日本においてホスピスは十分であるとは言えません」
ホスピスと緩和ケアについて
●ホスピスの理念については、全米ホスピス教会のホスピスの定義やWHOの緩和ケアの定義があります。ホスピスについては「死にゆく人と家族に対して身体的、精神的、社会的、霊的ケアを在宅と入院の両方の場面で提供する緩和サービスと支援サービスの調和がとれたプログラム」、また緩和ケアについては「治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する積極的な全人的なケア」と定義されていますが、ホスピスと緩和ケアとは同じもの(こと)なのでしょうか。また、日本には全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会というのがありますが、ここの役割はどのようなものですか。
福徳「ホスピスというのは末期患者が死に逝く場所であるという誤解があるようですが、これは本来、理念そのものです。簡単に説明しますと、まずホスピスケアは末期患者だけでなく家族も対象となること、そして患者の身体的苦痛はもちろんのこと、精神的、社会的、そしてスピリチュアル(霊的)な側面からアプローチする全人的ケアであること、次にチーム医療であること、最後に患者の死後も家族を支えるということ。この理念、プログラム、ケアをホスピスと言うわけです。
一方、緩和ケアと言いますと、どちらかと言えば従来、身体的苦痛に重きを置いたケアのように言われてきましたが、WHOの定義を見ますと、まさにホスピス理念といえます。ただし、ここでは対象は末期の方だけでないことを明記しています。各国で、ホスピス普及の後に緩和医療学会が設立される傾向にあります。日本においても平成八年に日本緩和医療学会が設立されました。ここに、ホスピスに携わる医師とがん医療の最前線で治療に取り組んできた医師が一同に会し、“患者の苦痛の緩和”という共通のテーマの中で、お互いに情報を分かち合い、話し合う場ができたわけです。
ホスピスの立場から言うと、緩和ケアは“身体的苦痛を緩和する”という一部分であり、緩和医療の立場からは、ホスピスは“末期患者に限定される心のケア”という風に捉えられやすいですが、現在はホスピスと緩和ケア(緩和医療)は、同じ意味で使われることが多くなってきたように思います。
全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会とは
●日本には全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会というのがありますが、ここの役割はどのようなものなのか教えてください。
福徳「この会はホスピス・緩和ケアを行う施設の質の向上及びホスピスケア・緩和ケアの啓発・普及を目的として平成3年に発足しました。年2回、会が開かれ、全国施設からスタッフが出席し、各施設に共通する問題や課題について意見交換を行ったり、行政と連絡を取りあいながらホスピスケア・緩和ケア病棟の普及、内容の改善に取り組んでいます。近年、厚労省認可を受ける施設が急激に増加する一方で、施設基準にケアの質的基準が保証されていない事から、危惧する声が聞かれています。実際に、全国に理念なき認定施設が増えつつあります。連絡協議会では、質の確保と活動の評価に関する委員会を設置し、これら明確な理念の無い施設に対して、勧告するシステムを作っています」
チーム医療のホスピスケア
●以前、「道南・生と死を考える会」の講演会で六甲病院緩和ケア病棟のチャプレンである沼野尚美さんの講演を聞き、非常に感銘を受けました。チャプレンというのは宗教家という立場から患者さんのケアを行う人のようですが、病棟の末期がんの患者さんと「あの世」で待ち合わせの約束をする話しなどは、それまでもっていたホスピスのイメージを変えるインパクトがありました。ホスピスにはチーム医療も重要なポイントなのでしょうか。
福徳「先ほど述べましたように、ホスピスケアはチーム医療です。末期患者のさまざまな症状、心の動きに対し、細かく配慮し、全人的ケアを施すにあたり、それは医師や看護婦だけではおのずと限界があります。即ち医師、看護婦のみならず、理学療法士、ソーシャルワーカー、薬剤師、栄養士、ボランティア、宗教家、など多種職のスタッフがチームを構成し、お互いに密にコミュニケーションを取りながら、患者及び家族のケアに当たるわけです。ホスピスでは、従来ありがちな、医師の裁量のみで治療が決定されることはありません」
●ホスピス病棟の患者さんとは、実際どのような会話があるのでしょうか。
福徳「ホスピスに来られる多くの方は、既に前の病院で積極的な厳しい治療を受けながら病状の進行を認め、身体的にも精神的にもダメージの強い状態にあります。身体的な苦痛の訴えはもちろんですが、不安、恐怖、いらだち、うつ、などの精神的苦痛、夫であるとか母であるといった家庭での立場、社会的な地位のある方は仕事の問題など、社会的な苦痛の訴えもよくみられます。そして、何よりも困難な苦痛、それはスピリチュアルぺインです。ほとんどの方が、元気な時と比べ、現在の自由に動けない自分を「何のために生きているのか」、「こうまでして生きている価値がない」などと自問自答します。生きる意味、価値、目的などが分らなくなるわけです。我々スタッフに対して、しばしば「もう終わりにしたい」とストレートに言われる事もあります。我々は言葉を失い、その後の対応に悩む事もありますが、決してその方を一人にはしないよう心がけます。「皆であなたの気持ちを理解し、支えている」という姿勢を言葉やじっとそばに寄り添うことで示します。逆に宗教との出会いの中から、「死は終わりでは無い」という思いを持つことができるようになり、自分の死後のこと(たとえば葬儀)についてオープンに話し合える方もいます。この場合はチャプレンの役割が重要です」
「死」の心理プロセス
●末期患者の心理プロセスについては、キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」があまりにも有名ですが、その第一段階から第五段階へのプロセス、否認と孤立、怒り、取り引き、抑鬱、受容については、先生の実際の経験からはどのように感じていますか。
福徳「私も最初にこの本を読んだ時は妙に納得させられたように覚えています。それぞれが実際に末期患者の心理状態として臨床の現場で見受けられるからです。ただ、ここで問題なのは、すべての方がこれらの心理状態を五段階というステップ(プロセス)を順番に踏んでいくわけでは無いということです。
ロバート・バックマンというカナダのがん専門医が、この点を指摘し、新たに死のプロセスを提唱していますが、これによると末期患者は癌、死という大きな問題に直面したときに、その人その人で多種多様な反応を示し、それが徐々に弱まったり、ずっと続いたりしながら、最終段階である受容へ向かう、と述べています。また、そのさまざまな反応はその人の今までの人生観や価値観などによって形づくられるもの、言い換えれば“凝縮された肖像”である、とも述べています。やはり同じ理論で整理することはできないと私も思っています。十人十色と言いますが、まさに末期患者の方の心もさまざまなのです」
ホスピス理念の実施と末期患者への訪問診療の支援も
●福徳先生は2月に渡島病院の理事長・院長に就任されました。そして同時に病院名も「函館おしま病院」と変更、「癒し癒される心からの医療」という新しい理念も掲げられています。
福徳「当院は62床の療養型病床群の病院です。私は、ホスピスとは末期患者だけを対象としたものではなく、一般医療の場でも無くてはならない理念であると考えます。もちろん、高齢者医療の現場でも同様です。将来的にホスピスを開設するべく準備を進めて行きますが、一方で、入院されている高齢者を対象にホスピス理念を実践していきたいと思います。さらに、在宅で過ごされたいと望まれる末期患者には訪問診療によって支援していきます。また、癌という困難な病を抱え、苦しんでいる方、或いはそのご家族の方を微力ながらできる限り支援していく事も考えておりますので、お気軽にご連絡頂ければと思います」
(以上、「メディカルはこだて」第4号より。2002年6月発刊)
登録項目:掲載記事より 投稿者 :メディカルはこだて編集長 登録日 :2006年01月20日







